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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)1号 判決 1979年2月13日

大阪市浪速区広田町八番地

原告

福森徳三郎

訴訟代理人弁護士

鈴木康隆

大阪市浪速区船出一丁目三五番地の四

被告

浪速税務署長 岡実

指定代理人検事

大野敢

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が原告の昭和四四年分所得税について昭和四六年八月三〇日付でした再更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和四四年分所得税について確定申告をしたところ、被告は更正処分をし、原告の異議申立てに対しその一部を取り消す異議決定をしたのち、さらに再更正処分をし、原告の審査請求に対し国税不服審判所長はこれを棄却する裁決をした。

これら申告等の日付、内容は別表に記載のとおりである。

(二)  本件再更正には所得を過大に認定した違法があるから、その取消しを求める。

二  被告の主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  原告の昭和四四年分の総所得金額の内容、所得控除は次のとおりである。

(1) 補償金による事業所得((2)-(3)) 五三二万〇、四一三円

(2) 右収入金額(その詳細は(三)のとおり) 七八四万一、四〇〇円

(3) 右必要経費 二五二万〇、九八七円

(4) 本来の事業所得 五〇万円

(5) 専従者控除 三〇万円

(6) 事業所得金額、すなわち総所得金額((1)+(4)-(5)) 五五二万〇、四一三円

(7) 所得控除 五三万〇、九〇〇円

(三)  原告には、昭和四四年中に、次のとおり、金七八四万一、四〇〇円の収入があった。

原告は、大阪市浪速区西円手町一、〇一九番地所在の訴外福森雍四(原告の三男)所有の建物で、陶器卸売業を営んで来た。ところが、大阪都市計画事業浪速地区復興土地区画整理事業(施行者大阪市)により右建物の敷地である訴外津和政信所有の土地(以下本件土地という)が仮換地処分されたことに伴い、同建物は移転され、原告も立ち退いた。

原告は、昭和四四年一二月四日、大阪市との間で右立退きに関し、次の名義の補償金を受ける契約をして、これら金員を受領した。

(1) 動産移転費用補償金 一八万〇、五〇〇円

(2) 仮住居費用補償金 二八万八、九〇〇円

(3) 収益補償金 五一四万八、六〇〇円

(4) 経費補償金 二六九万二、八〇〇円

被告は、右補償金のうち、(1)(2)の金員を所得税法四四条により収入金額に算入しなかったが、(3)(4)の金員合計七八四万一、四〇〇円を事業所得に係る収入金額と認定して、本件再更正をした。

(四)  右収益補償金は、大阪市が原告から提出された昭和四三年一一月一日から昭和四四年一〇月三一日までの一年間の陶器販売業による利益を五一四万三、六二四円とする決算報告書を基礎として、同市で定めた補償基準に基づき右利益の一年分に相当する五一四万八、六〇〇円を前記立退きのため原告の営業の廃止、休止又は規模の縮少を余儀なくされることによって失われる営業収益を補償するものとして原告に支払われたものである。

右経費補償金は、大阪市が原告から提出された給与支給額申告書等に基づき本件建物の移転に伴う休業等のため従業員に支給を余儀なくされる給料相当分として原告に支払われたものである。

したがって、右各補償金は、所得税法二七条、同法施行令(昭和四四年政令第二二三号による改正前のもの)九四条二号により、事業所得に係る収入金額に該当する。

三  原告の主張

(一)  被告の主張(二)(3)ないし(5)及び(三)の各事実は認める。

(二)  被告の主張(四)は争う。

本件の収益補償金、経費補償金名義の補償金は、原告の本件土地に対する賃借権、及び本件土地上の建物についての対価補償として受領したものである。このことは、右補償金額が被告主張の昭和四四年分の本来の事業所得金額と比して高額であることから明らかである。

(三)  所得控除(被告の主張(二)(7))は、被告の主張額にさらに老年者控除額八万七、五〇〇円を加算すべきであり(昭和五〇年法律第一三号による改正前の所得税法二条一項三〇号、昭和四五年法律第三六号による改正前の所得税法八〇条、右改正法附則三条)、したがって計六一万八、四〇〇円である。

第三証拠

本件記録中の書証、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いがない事実

請求原因(一)のとおり申告、再更正などが行われたこと、被告の主張(二)(3)ないし(5)のとおりの所得、経費、控除があったこと、被告の主張(三)のとおり昭和四四年一二月四日収益補償金、経費補償金名義で金七八四万一、四〇〇円の支払いを受ける契約をしてこれを受領したこと、以上のことは当事者間に争いがない。

二  補償金名義の収入の性質について

(一)  前項の争いがない事実や、成立に争いがない乙第一ないし第一四号証、及び同第一六号証、証人矢野光春及び同福森雍四の各証言を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  本件土地は、訴外津和政信の所有であったが、大阪市計画事業浪速地区戦災復興土地区画整理事業の区画整理事業の施行地として大阪府知事より昭和二二年一二月二七日に事業認可及びその告示がされた。

(2)  同事業の施行者である大阪府は、昭和二三年一二月一〇日、本件土地につき、大阪市浪速区西円手町ブロック六八の七の一を仮換地に指定した。

(3)  津和政信は、昭和二四年九月原告に対し、本件土地(従前地)を賃貸した。

(4)  訴外福森雍四(原告の三男)は、本件土地(従前地)上に建物を建築して所有し、原告はその建物で陶器卸売業を営んだ。

(5)  原告又は福森雍四は、大阪市に対し本件土地につき賃借権を有する旨の土地区画整理法八五条、一九条の申告をしなかった。

(6)  津和政信は、昭和二四年一二月頃、右(5)の賃借は解除されたと主張し、昭和三六年四月一〇日、原告に対し本件土地につき原告が賃借権を有しないことの確認を求める訴えを提起した。同事件は、昭和四四年一一月二〇日和解が成立し、原告及び福森雍四は津和政信に対し、本件土地につき賃借権を有しないことを確認し、福森雍四は本件土地上の建物を収去し、津和政信は原告に対し、解決金として三〇〇万円を支払う旨を約束した。

(7)  前記事業の施行者である大阪市は、本件土地(従前地)を道路建設予定地にする計画であったので、原告及び福森雍四との間で、建物移転土地明渡及びこれに伴う補償について交渉を始めた。

(8)  原告としては、前記の立退きに関して大阪市より多額の補償金を取得したいと考えて交渉したが、支払われる補償金の内訳についてはあまり関心がなかった。

(9)  他方、大阪市は、土地賃借権消滅の対価を補償金として支払うことができないと考え、そのような性質の補償金を支払う意思はなかった。

(10)  前記(7)の補償金額交渉の事務を担当したのは、大阪市都市再開発局都市改造部移転補償課に属する職員訴外矢野光春であったが、同課では、区画整理に関連する建物移転についての補償に関する事務を取扱うが、清算金や賃借権消滅に関する対価等に関する事務は取り扱わなかった。

(11)  原告は、右の補償金算定の資料として、大阪市に対し、本件土地上の建物における昭和四三年一一月一日から昭和四四年一〇月末日まで一年間の営業による所得が五一四万八、六二四円である旨を記載した占有者自己申告書及び決算報告書、この間の従業員に対する給料が月計三五万四、一四〇円である旨を記載した給料支給額申告書を提出した。

(12)  大阪市は、原告より提出された右資料を参考にして、前記立退き移転のため原告の営業の休止、規模縮少を余儀なくされることによって失われる営業利益を補償するための収益補償金として五一四万八、六〇〇円、前記立退き移転に伴う営業休止等のため従業員に支給を余儀なくされる給料を補償するための経費補償金として二六九万二、八〇〇円をそれぞれの名義で支払うことをきめた。

(13)  原告は、右の名義で右の額の補償金を受領して移転することに同意し、昭和四四年一二月一〇日、これを受領した。

(14)  大阪市は、当時収益補償金額の算定にあたり、所得税、市民税の算定基礎となった所得額よりも、当事者提出資料に記載の所得額の方を尊重する方針をとっていた。

(15)  福森雍四は、昭和四四年一二月四日大阪市との間で、本件土地上の建物の移転費用の補償金として金三七〇万〇、二〇〇円の支払いを受ける契約をし、そのころその支払いを受けた。

(二)  以上認定事実によると、大阪市が原告に対して支払った補償金中前記の収益補償金及び経費補償金名義の金員は、原告が本件土地上で営業をしていた陶器卸売店を他に移転するに際し、休業、規模縮少、顧客喪失を余儀なくされるため営業上の所得を失うことによる営業利益の補償、及び、収入がないにも拘らず給与等の支払いを余儀なくされるため、その給与等の支払いの補償として、それぞれ支払われたものであり、原告自身がその補償の性質を熟知していたとするほかはない。

(三)  原告は、本件の補償金が本件土地の賃借権及び本件土地上の建物についての対価補償であると主張するので判断する。

(1)  (ア)原告は、土地区画整理事業施行者に対して本件土地賃借権の届出をしていないこと、(イ)原告は、補償金支払契約がされた昭和四四年一二月四日以前である同年一一月二〇日、本件土地所有者との間で解決金を受領して本件土地につき賃借権を有しないことを確認する訴訟上の和解をしたこと、(ウ)原告は、本件補償金算定の資料として営業所得、支払給与に関する報告書等を提出し、収益補償金、経費補償金の名義で補償金を受け取ることを承諾したこと、(エ)本件土地上の建物の移転補償金は福森雍四に支払われたこと、これらのことからして、本件の補償金が、本件土地の賃借権や本件土地上の建物の対価補償として支払われたとすることは無理である。

(2)  また原告は、本件補償金が被告主張の昭和四四年分の本来の事実所得金額と比して高すぎることを理由に本件補償金が対価補償であると主張するので判断する。

(ア)原告は、自から補償金算定の資料として所得、支払給与に関する報告書を提出したこと、(イ)大阪市はこれを基礎として補償金額を算定したもので、大阪市は補償金額算定資料として所得税等の基礎となった所得額よりも当事者提出資料記載の所得額を尊重する方針であったこと、(ウ)昭和四四年分についても原告の本来の事業所得が被告主張の額を上廻らないと認めるに足りる証拠がないこと、以上のことを考慮すると、本件補償金額が被告主張の本来の事業所得金額と比して高額であることは、前記(二)、(三)(1)の判断を覆すに足りるものではない。

(四)  そうすると、本件の収益補償金、経費補償金名義の金七八四万一、四〇〇円の収入は、所得税法二七条一項、同法施行令(昭和四六年政令第七〇号による改正前のもの)九四条二号により、原告の事業所得に係る収入金額になるとしなければならない。

三  所得控除額について

以上の次第で、原告の本件係争年分の総所得金額は五〇〇万円を超えるから、原告は、昭和五〇年法律第一三号による改正前の所得税法二条一項三〇号所定の老年者に該当せず、老年者控除の適用がないことは明らかであり、したがって所得控除額は、被告主張どおり五三〇万〇、九〇〇円(この限度では原告も争わない)になる。

四  結論

以上認定の事実及び判断によると、本件再更正には違法がないから、この取消しを求める本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 井関正裕 裁判官 西尾進)

別表

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